学習性無力感
メンバーと仕事 2019/06/21

~セリグマンの実験~

「失敗は成功の母」「努力する者が栄冠を勝ち得る」等々、失敗してもあきらめず努力すれば成功につながると将来に期待するのが人の心理です。しかし、回避できない失敗が続くと、努力や挑戦への意欲が削がれてしまう場合もあります。米国の心理学者セリグマン(M. Seligman)はイヌを被験体とした実験的研究でこのことを証明しています。
 
被験体となったイヌの一方のグループは、第1日はハンモックに吊され、身動きできない状態で短い電気ショックを何度も与えられます。もう一方のグループでは、同じように吊されはしますが電気ショックは与えられません。
 
翌日、今度は低い柵で2つに仕切られた箱(シャトルボックス)に入れられます。この箱の中では、ランプが点いてから10秒後に、イヌが置かれた方の床に電気ショックが流れますが、柵を跳び越えて隣の床に逃れればショックを回避することができ、そのまま留まっていれば1分間の通電ショックを受けることになります。
 
第1日にハンモックに吊されるだけで電気ショックを与えられなかったイヌでは、シャトルボックスの中ではすぐに柵を跳び越え隣の床に逃げることを学習しました。ところが、ハンモックに吊され電気ショックを与えられ続けたイヌでは、その場に留まったままで柵を越える行動は見られませんでした。
 
つまり、第1日目の電気ショックは自分では逃れることのできないものであり、どのような努力をしても苦痛を回避することは不可能であるということを「学習」してしまった結果、第2日はなす術なく電気ショックにさらされるままになっていたと解釈できます。
 
セリグマンは、イヌに見られたこの反応を「学習性無力感 learned helplessness」と名づけました。学習性無力感は、長期にわたり逃れられない苦痛やストレスに晒され続けると、何をやっても状況を改善できないという感覚を学習してしまい、そこから逃れようとする努力を放棄し無反応になってしまう現象です。セリグマンによれば、人のうつ状態はこれと同様の反応であるとみることができます。
 
セリグマンは若い時代にこの研究を発表し世界的に注目されました。その後多くの研究業績を重ね、1998年にはアメリカ心理学会(APA)の会長にも選出されています。近年のセリグマンは、人の弱さの側面だけでなく強みや長所、美徳といった側面も明らかにし、人のもつポジティブな機能を研究していく必要を説いています。
 
こうした主張は「ポジティブ心理学」と呼ばれ、多くの研究者の共感と新しい研究を生み出しています。ポジティブ心理学の提唱者であるセリグマンは「ポジティブ心理学の父」とも呼ばれています。

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フィット理論

~フィット理論あれこれ~

人と組織とのフィット(Person-Organization fit: PO fit)の問題は、組織研究者が強く関心をもつテーマの一つです。両者のフィット関係は、これまでさまざまな視点から論じられてきています。

 

  • 仕事を遂行する上で求められる水準と、本人の遂行能力とのフィット(Demands-Abilities fit)
  • 本人の欲求と、仕事がその欲求を満たしてくれる機会とのフィット(Needs-Supplies fit)
  • 人と組織の間で、各々に足りない部分をどれくらい補い合えるかという点からのフィット(complementary fit)
  • 人と組織の間で、価値観や目ざすものがそれぞれどの程度似通っていて、共通点を持っているかという点からのフィット(supplementary fit)

 

このように、対象となるフィットの側面はいろいろありますが、職務満足、離職あるいはその組織に留まる意思、組織コミットメント、健康、仕事への態度など、人と組織のフィットが広い範囲の組織行動に影響を及ぼすことは多くの研究が指摘するところです。人と組織のフィットを探る上では、両者がもつ価値観のフィットを見ていくことが役に立ちます。ここでいう価値観とは、仕事や仕事を取り巻く環境の中で、何が正しいかを識別したり、取捨選択にあたって対象の重要性を評価する際の基準と考えることができます。

 

人は、自らが重視する価値観と組織が重視する価値観とが一致するような状況では快感情を生起させやすく反対に、自らが重視する価値観と組織の重視する価値観とが一致しないような状況では、不快感情や不満足感を覚えやすくなります。つまり、個人の価値観と組織の価値観とのフィットが強まるほど、仕事あるいは仕事環境を通じて個人の価値観が充足される度合いも強まり、仕事への満足感も強まると考えられます。また、自らが重視する価値観と組織の重視する価値観とのフィットが高いほど、人は組織に留まることに快適さを感じ、組織目標を受け入れて組織のために努力しようとします。すなわち組織コミットメントが高まると考えられます。

 

人と組織のフィットを測定する具体的な方法として、オーライリ(C.A.O’Rreilly)らはプロフィール比較法を用いています。これは個人が重視する価値観と組織が重視する価値観を、同じ項目を用いて測定し、得られた双方の値(プロフィール)がどれくらい似通っているかを探るものです。ここでいう組織が重視する価値観とは、いわゆる組織風土や組織文化など、組織の中で強く表れていると従業員が感じている価値観を意味します。実際、オーライリらの研究では、個人が重視する価値観と組織が重視する価値観との間のフィット度が、職務満足と組織コミットメントを予測する有効な要因になることが明らかにされています。オーライリらの結果は日本でもあてはまることが、角山剛ら(2001)の研究で明らかにされています。

 

 

2019/02/04

学習の構造化

マジックナンバー7

学習が構造化してくるということは、学習していることになんらかのまとまりができていくことであり、人の情報処理プロセスにおける負荷を減らし、処理効率が高まっていくことを意味しています。  

 

学習の一つである記憶を例にとってみるとよくわかります。たとえば学校時代に、歴史に出てくる年号を語呂合わせを使って覚えたことは、多くの人が経験しているでしょう。年号や円周率など、それ自体は無意味な数字の列に日常的な意味を付与することで、まとまりを生み出し、記憶に要する負荷を低減させているわけです。そもそも、人が一時に蓄えることのできる情報の容量(これを「短期記憶」といいます)には限界があります。心理学者のミラー(G.A.Miller)によれば、その容量は7±2程度であり、これを「マジックナンバー7(セブン)」と名づけています。

 

マジックナンバー7の考え方によれば、たとえば数字が7桁以上になると短期記憶の限界量を超えてしまい、記憶の定着が難しくなります。実際に、7桁の数字の記憶では再生率は50%程度であり、10桁以上になると再生率はゼロ%に近くなるという実験データもあります。そこで、連想や語呂合わせなどを用いることで、自分の知識の中で理解できるような意味を付与し、まとまりをつくっていきます。このようにまとまりをつくることで容量が圧縮され、さらに多くの記憶が可能になります。

 

こうした記憶方法の最たるものが「記憶術」です。記憶術では、数十の単語や数百の数字を短時間で記憶し誤りなく再生します。記憶術にはいくつかのやり方があるようですが、要は大量の情報を意味のある小さなまとまり(チャンク)に分割して記憶し、再生が可能なようにそれを関連づけていきます。この関連づけにはさまざまな技法が考えられています。関連づけができあがるということは、本来バラバラであった記憶材料に意味が与えられ構造化されたということであり、長期にわたる保存(「長期記憶」といいます)が可能になります。場面や種類、あるいは程度の差こそあれ、人は自ら学習したことをさまざまなやり方で構造化し、さらにそれらを関連づけていくことで、より高次の学習や行動へとつなげていくのです。 

 

誰かに読み上げてもらい記憶・再生してみましょう。どのあたりまで再生できますか?
a. 381
b. 9285
c. 61382
d. 492681
e. 8127498
f. 16493742
g. 947192538
h 5816492374
i. 35928416794
j. 291685937284

2019/04/25

ゲーミフィケーション

~遊びと仕事~

遊びとは、そもそもどのような特徴をもった活動を指すのでしょうか。考えてみれば大変難しい問題であり、カイヨワやホイジンガ(J. Huizinga)をはじめ多くの研究者によって遊びに関する考察がなされています。ここではカイヨワの考察に関連して、遊びという活動について彼が分類した6つの定義を紹介しましょう。
 

1.自由な活動である
強制されないこと。強制されると、魅力的で愉快な楽しみという性質を即座に失ってしまう。
 

2.隔離された活動である
あらかじめ決められた明確な空間と時間の範囲の中に制限される。
 

3.未確定の活動である
展開が予め決定されていたり先に結果が分かっていたりしてはならない。
 

4.非生産的活動である
財産も富も、いかなる種類の新たな要素もつくり出さない。
 

5.規則のある活動である
約束事に従う活動である。この約束事は通常の法規に縛られるものでなく、一時的に新しい規則が生まれる。
 

6.虚構の活動である
非現実的であるという明白な意識を伴う。
 

(カイヨワ/多田道太郎・塚崎幹夫訳「遊びと人間」講談社より 一部改変)

 

この他にも、たとえばエリス(M. J. Ellis)は、自らの著書(邦訳「人間はなぜ遊ぶか」黎明書房 2000年)の中で、遊びに関して、古典理論、近代理論、現代理論に分けて13の理論を紹介しています。このように遊びは多くの研究者の知的好奇心を刺激する興味深いテーマでもあります。
 

機械や工作の世界にも遊びの概念は採り入れられています。たとえば、クルマのハンドルに見られる「遊び」は、操作のゆとりです。この遊びがない場合は、ドライバーのほんの僅かなハンドル操作でクルマが蛇行してしまいます。ブレーキペダルもしかりです。また、鉄道のレールのつなぎ目にも、気温によるレールの伸び縮みを計算に 入れた遊びが設けられています。つまり、遊びは、そのものが本来の力や効果を発揮するために必要なメカニズムの一つであるということです。
 

人の活動にも同様に遊びが必要です。特に人の場合には、「遊ぶ」という動詞形に見られるように、自らが面白いと感じて取り組むことで、ゆとりや充足感を得ることが可能になります。自らが面白いと感じることは、さらなる好奇心を生み探索的な行動につながります。その意味では、遊びは内発的モチベーションによって生み出される ものといえます。
 

仕事そのものに面白さを見つけ出すこと、あるいは仕事の進め方に面白さを自分で付加してみることが、すなわち仕事に「遊び」を組み込むことであり、仕事のゲーム化(ゲーミフィケーション)ということなのです。
 
 

2019/03/28