学習の構造化
メンバーと仕事 2019/04/25

マジックナンバー7

学習が構造化してくるということは、学習していることになんらかのまとまりができていくことであり、人の情報処理プロセスにおける負荷を減らし、処理効率が高まっていくことを意味しています。  

 

学習の一つである記憶を例にとってみるとよくわかります。たとえば学校時代に、歴史に出てくる年号を語呂合わせを使って覚えたことは、多くの人が経験しているでしょう。年号や円周率など、それ自体は無意味な数字の列に日常的な意味を付与することで、まとまりを生み出し、記憶に要する負荷を低減させているわけです。そもそも、人が一時に蓄えることのできる情報の容量(これを「短期記憶」といいます)には限界があります。心理学者のミラー(G.A.Miller)によれば、その容量は7±2程度であり、これを「マジックナンバー7(セブン)」と名づけています。

 

マジックナンバー7の考え方によれば、たとえば数字が7桁以上になると短期記憶の限界量を超えてしまい、記憶の定着が難しくなります。実際に、7桁の数字の記憶では再生率は50%程度であり、10桁以上になると再生率はゼロ%に近くなるという実験データもあります。そこで、連想や語呂合わせなどを用いることで、自分の知識の中で理解できるような意味を付与し、まとまりをつくっていきます。このようにまとまりをつくることで容量が圧縮され、さらに多くの記憶が可能になります。

 

こうした記憶方法の最たるものが「記憶術」です。記憶術では、数十の単語や数百の数字を短時間で記憶し誤りなく再生します。記憶術にはいくつかのやり方があるようですが、要は大量の情報を意味のある小さなまとまり(チャンク)に分割して記憶し、再生が可能なようにそれを関連づけていきます。この関連づけにはさまざまな技法が考えられています。関連づけができあがるということは、本来バラバラであった記憶材料に意味が与えられ構造化されたということであり、長期にわたる保存(「長期記憶」といいます)が可能になります。場面や種類、あるいは程度の差こそあれ、人は自ら学習したことをさまざまなやり方で構造化し、さらにそれらを関連づけていくことで、より高次の学習や行動へとつなげていくのです。 

 

誰かに読み上げてもらい記憶・再生してみましょう。どのあたりまで再生できますか?
a. 381
b. 9285
c. 61382
d. 492681
e. 8127498
f. 16493742
g. 947192538
h 5816492374
i. 35928416794
j. 291685937284

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フィット理論

~フィット理論あれこれ~

人と組織とのフィット(Person-Organization fit: PO fit)の問題は、組織研究者が強く関心をもつテーマの一つです。両者のフィット関係は、これまでさまざまな視点から論じられてきています。

 

  • 仕事を遂行する上で求められる水準と、本人の遂行能力とのフィット(Demands-Abilities fit)
  • 本人の欲求と、仕事がその欲求を満たしてくれる機会とのフィット(Needs-Supplies fit)
  • 人と組織の間で、各々に足りない部分をどれくらい補い合えるかという点からのフィット(complementary fit)
  • 人と組織の間で、価値観や目ざすものがそれぞれどの程度似通っていて、共通点を持っているかという点からのフィット(supplementary fit)

 

このように、対象となるフィットの側面はいろいろありますが、職務満足、離職あるいはその組織に留まる意思、組織コミットメント、健康、仕事への態度など、人と組織のフィットが広い範囲の組織行動に影響を及ぼすことは多くの研究が指摘するところです。人と組織のフィットを探る上では、両者がもつ価値観のフィットを見ていくことが役に立ちます。ここでいう価値観とは、仕事や仕事を取り巻く環境の中で、何が正しいかを識別したり、取捨選択にあたって対象の重要性を評価する際の基準と考えることができます。

 

人は、自らが重視する価値観と組織が重視する価値観とが一致するような状況では快感情を生起させやすく反対に、自らが重視する価値観と組織の重視する価値観とが一致しないような状況では、不快感情や不満足感を覚えやすくなります。つまり、個人の価値観と組織の価値観とのフィットが強まるほど、仕事あるいは仕事環境を通じて個人の価値観が充足される度合いも強まり、仕事への満足感も強まると考えられます。また、自らが重視する価値観と組織の重視する価値観とのフィットが高いほど、人は組織に留まることに快適さを感じ、組織目標を受け入れて組織のために努力しようとします。すなわち組織コミットメントが高まると考えられます。

 

人と組織のフィットを測定する具体的な方法として、オーライリ(C.A.O’Rreilly)らはプロフィール比較法を用いています。これは個人が重視する価値観と組織が重視する価値観を、同じ項目を用いて測定し、得られた双方の値(プロフィール)がどれくらい似通っているかを探るものです。ここでいう組織が重視する価値観とは、いわゆる組織風土や組織文化など、組織の中で強く表れていると従業員が感じている価値観を意味します。実際、オーライリらの研究では、個人が重視する価値観と組織が重視する価値観との間のフィット度が、職務満足と組織コミットメントを予測する有効な要因になることが明らかにされています。オーライリらの結果は日本でもあてはまることが、角山剛ら(2001)の研究で明らかにされています。

 

 

2019/02/04

学習性無力感

~セリグマンの実験~

「失敗は成功の母」「努力する者が栄冠を勝ち得る」等々、失敗してもあきらめず努力すれば成功につながると将来に期待するのが人の心理です。しかし、回避できない失敗が続くと、努力や挑戦への意欲が削がれてしまう場合もあります。米国の心理学者セリグマン(M. Seligman)はイヌを被験体とした実験的研究でこのことを証明しています。
 
被験体となったイヌの一方のグループは、第1日はハンモックに吊され、身動きできない状態で短い電気ショックを何度も与えられます。もう一方のグループでは、同じように吊されはしますが電気ショックは与えられません。
 
翌日、今度は低い柵で2つに仕切られた箱(シャトルボックス)に入れられます。この箱の中では、ランプが点いてから10秒後に、イヌが置かれた方の床に電気ショックが流れますが、柵を跳び越えて隣の床に逃れればショックを回避することができ、そのまま留まっていれば1分間の通電ショックを受けることになります。
 
第1日にハンモックに吊されるだけで電気ショックを与えられなかったイヌでは、シャトルボックスの中ではすぐに柵を跳び越え隣の床に逃げることを学習しました。ところが、ハンモックに吊され電気ショックを与えられ続けたイヌでは、その場に留まったままで柵を越える行動は見られませんでした。
 
つまり、第1日目の電気ショックは自分では逃れることのできないものであり、どのような努力をしても苦痛を回避することは不可能であるということを「学習」してしまった結果、第2日はなす術なく電気ショックにさらされるままになっていたと解釈できます。
 
セリグマンは、イヌに見られたこの反応を「学習性無力感 learned helplessness」と名づけました。学習性無力感は、長期にわたり逃れられない苦痛やストレスに晒され続けると、何をやっても状況を改善できないという感覚を学習してしまい、そこから逃れようとする努力を放棄し無反応になってしまう現象です。セリグマンによれば、人のうつ状態はこれと同様の反応であるとみることができます。
 
セリグマンは若い時代にこの研究を発表し世界的に注目されました。その後多くの研究業績を重ね、1998年にはアメリカ心理学会(APA)の会長にも選出されています。近年のセリグマンは、人の弱さの側面だけでなく強みや長所、美徳といった側面も明らかにし、人のもつポジティブな機能を研究していく必要を説いています。
 
こうした主張は「ポジティブ心理学」と呼ばれ、多くの研究者の共感と新しい研究を生み出しています。ポジティブ心理学の提唱者であるセリグマンは「ポジティブ心理学の父」とも呼ばれています。

2019/06/21

バンデューラ

~道徳的束縛からの解放メカニズム~

自己効力概念の提唱者であるバンデューラ(A.Bandura)は、過去にアメリカ心理学会の会長も務めるなど、現在最も影響力のある心理学者の一人です。バンデューラの提唱した社会的学習理論は、心理学のさまざまな分野に多大な影響を与えています。ここではこの理論そのものを解説するスペースはありませんが、たとえば「人・環境・行動」の関係をどうとらえるかということが、バンデューラの考え方をよく表しています。

 

この三者の関係については、レヴィン(K.Lewin)の「B=f(P・E)」という公式が有名です。すなわち、行動(Behavior)は人(Person)と環境(Environment)との相互作用によって生み出されるという考え方です。これに対してバンデューラは、行動は人と環境の相互作用の結果に留まるものではなく、行動もまた人と環境に働きかけるという相互決定主義を主張しました。

 

相互決定主義

 

バンデューラの研究はさまざまな分野に及んでいます。たとえば、企業の不祥事は洋の東西を問わず普遍的な問題となっていますが、ふだんは良識的な経営者がなぜ商道徳やビジネス倫理に反するような行動をとるのかについての研究も行っています。バンデューラの相互決定主義によれば、(a)道徳的思考や自己評価といった個人的要因、(b)道徳的・反道徳的な行為、(c)環境的要因は、相互に組み合わさって影響を及ぼしあうと考えられます。道徳的思考や道徳的行為については、人は本来自分の中に道徳の基準をもっており、その基準による道徳的な抑制力が働いて、倫理やモラルに反する行為を遠ざけるのですが、しかしときにはこの自己規制を自ら外してしまうことが起きます。バンデューラはこれを、道徳的束縛からの解放メカニズムと名づけて、表に示す8つをあげています。
 

道徳的束縛からの解放メカニズム
倫理的正当化 不正行為を社会的、倫理的に認められるものであるとみなす
婉曲なラベリング 不正行為を美辞麗句でくるんだ表現でごまかす
都合のよい比較 不正を小さく見せるため、都合のよい比較対象をもってくる
責任の置き換え 他人や社会に責任を押しつける
責任の拡散 不正の責任が一人あるいは一所でなく、複数にあるとみなす
結果の無視と歪曲 不正行為が引きおこす影響を無視したり小さく見積もる
被害者の非人間化 被害者はまともな人間ではないと考える
被害者や環境への責任帰属 行為の責任を、自分ではなく被害者や環境のせいにする

 

このような自己規制や束縛からの解放メカニズムによって、ふだんは良識的な人々が、大きな葛藤やストレスを感じることなく倫理やモラルからの逸脱行為を犯すことが可能になります。たとえば、社会的に許されない不正な行いであっても、それが自分の利益ではなく会社のためになるのだと自分の中で正当化できれば、不正は不正ではなくなるというわけです。

2019/02/05