バンデューラ

~道徳的束縛からの解放メカニズム~

自己効力概念の提唱者であるバンデューラ(A.Bandura)は、過去にアメリカ心理学会の会長も務めるなど、現在最も影響力のある心理学者の一人です。バンデューラの提唱した社会的学習理論は、心理学のさまざまな分野に多大な影響を与えています。ここではこの理論そのものを解説するスペースはありませんが、たとえば「人・環境・行動」の関係をどうとらえるかということが、バンデューラの考え方をよく表しています。

 

この三者の関係については、レヴィン(K.Lewin)の「B=f(P・E)」という公式が有名です。すなわち、行動(Behavior)は人(Person)と環境(Environment)との相互作用によって生み出されるという考え方です。これに対してバンデューラは、行動は人と環境の相互作用の結果に留まるものではなく、行動もまた人と環境に働きかけるという相互決定主義を主張しました。

 

相互決定主義

 

バンデューラの研究はさまざまな分野に及んでいます。たとえば、企業の不祥事は洋の東西を問わず普遍的な問題となっていますが、ふだんは良識的な経営者がなぜ商道徳やビジネス倫理に反するような行動をとるのかについての研究も行っています。バンデューラの相互決定主義によれば、(a)道徳的思考や自己評価といった個人的要因、(b)道徳的・反道徳的な行為、(c)環境的要因は、相互に組み合わさって影響を及ぼしあうと考えられます。道徳的思考や道徳的行為については、人は本来自分の中に道徳の基準をもっており、その基準による道徳的な抑制力が働いて、倫理やモラルに反する行為を遠ざけるのですが、しかしときにはこの自己規制を自ら外してしまうことが起きます。バンデューラはこれを、道徳的束縛からの解放メカニズムと名づけて、表に示す8つをあげています。
 

道徳的束縛からの解放メカニズム
倫理的正当化 不正行為を社会的、倫理的に認められるものであるとみなす
婉曲なラベリング 不正行為を美辞麗句でくるんだ表現でごまかす
都合のよい比較 不正を小さく見せるため、都合のよい比較対象をもってくる
責任の置き換え 他人や社会に責任を押しつける
責任の拡散 不正の責任が一人あるいは一所でなく、複数にあるとみなす
結果の無視と歪曲 不正行為が引きおこす影響を無視したり小さく見積もる
被害者の非人間化 被害者はまともな人間ではないと考える
被害者や環境への責任帰属 行為の責任を、自分ではなく被害者や環境のせいにする

 

このような自己規制や束縛からの解放メカニズムによって、ふだんは良識的な人々が、大きな葛藤やストレスを感じることなく倫理やモラルからの逸脱行為を犯すことが可能になります。たとえば、社会的に許されない不正な行いであっても、それが自分の利益ではなく会社のためになるのだと自分の中で正当化できれば、不正は不正ではなくなるというわけです。

X理論・Y理論

~欲求系組織理論~

マズロー(A. Maslow)が提唱した自己実現を目ざす人間存在を仮定する欲求階層理論は、経営の世界にも大きな影響を与えました。マグレガー(D. McGregor)のX理論・Y理論も、研究の系譜としてはマズローに 連なるもので、欲求系組織理論ともよばれます。

 

欲求系組織理論は、欲求やパーソナリティの成長を基本に据えた理論であり、組織と個人との関係をパーソナリティの側面から論じた、アージリス(C. Argyris)の研究もよく知られています。

 

アージリスは、人のパーソナリティは自己実現に向かって発達成長していく有機体であるととらえ、幼児の状態から成人の状態へと向かう連続体上で、以下の7つの次元を強調しました。

 

 

アージリスによれば、組織成員はこの連続体上を未成熟段階から成熟段階に向かって成長し、自己実現に 近づいていきます。したがって組織としては、成員が自己実現を目ざすことのできるプロセスと組織目標の 遂行プロセスが合致するような施策をとることが重要になります。

 

そうした施策の一つとしてアージリスがあげたのが職務拡大です。これは、仕事の幅を広げることによって、 組織成員が本来もっている能力の中で認知的、情緒的な側面を活用する機会を増やすことを目的とする施策です。アージリスは具体的に、①組織の意思決定への参加制度の導入、②自分の仕事の質に責任が負えるような職務編成、③フィードバック制度の導入、④仕事の流れや基準に自分の考えが活かせる自己調節システムの導入、の4つの職務拡大を提唱しています。

 

これらは仕事を水平的に広げていくだけではなく、仕事に深みをもたらすものでもあります。つまり、職務拡大には水平的な拡大と垂直的な拡大の2つの面があるということです。

欲求階層説

~欲求階層説の証明~

マズローの欲求階層説は西欧の文化の中で研究されたものですが、東洋にもこれと似た考え方があります。古代中国は斉の国王桓公の宰相であった管仲の言行録「管子」の中に『衣食足りて礼節を知る』という言葉があります。衣服や食物という生活上の基本となるものが満たされて初めて、人との交わりの中で欠かせない 礼儀や節度を意識するようになるという意味です。

 

欲求階層説でいうなら、衣や食は生理的欲求、安全欲求に相当するものであり、礼や節は愛情・所属欲求や自律欲求に関わるものと考えることができます。下層の欲求が充足された後にさらに上位の欲求が意識されるようになるという点では、洋の東西を問わず同様の見方が存在しているといえ、大変興味深いものがあります。

 

ところで、欲求階層説を実証するには欲求を階層ごとに測定する必要が出てきます。実はこれが大変難しいのです。マズローの欲求階層説を説明するときには、通例では欲求のピラミッドとよばれる三角形の図が用いられます。図ではそれぞれの階層が線で区切られており、明確な階層性が示されています。 しかし、現実にはそれぞれの階層は図に示されるようなはっきりとした区分けがあるわけではなく、虹の七色のように濃淡が緩やかに変化し隣の階層に移っていくと考える方が自然です。

 

たとえば、自律欲求と自己実現欲求とはどのレベルで明確に区別できるでしょうか。周囲から一目置かれ 好かれる存在になりたいというのは、自律欲求でしょうか、それとも愛情・所属欲求でしょうか。このように、 欲求を階層別に測定しようとする場合、階層が重なり合う部分の欲求を区別することが難しく、質問項目を 作るにも適切で信頼できるものが用意できません。

 

欲求階層性の概念はイメージとしては大変わかりやすいものですが、実際の測定が難しいことから、マズローの説は検証不能な説(non-testable theory)といわれることもあります。だからといって、検証が全くなされていないということではなく、多くの研究者がさまざまな方法を工夫しながらその検証を試みています。 ただ、これまでの研究を総合すると、欲求の5つの階層が独立して明確に見いだされた研究はまだなく、 階層が見られてもマズローの区分とは必ずしも一致しないなど、実証的な検証は道半ばです。

 

しかし、欲求階層説には私たちが納得できる経験的な妥当性があります。少しでも高みを目ざし自己実現に至ろうとする姿を肯定するマズローの理論は、人々の納得感と共感を生み、企業・組織の人間観や従業員 施策にも大きな影響を与えました。

 

フェスティンガー

~認知的不協和~

フェスティンガー(L. Festinger)は、社会心理学の世界では知らない者がいないというほど有名な研究者です。彼の代表的な業績は、なんといっても「認知的不協和 cognitive dissonance」理論です。これは、人は相容れない2つの認知をもつと不快(不協和)な状態になり、この不快さを低減して安定した(協和)状態に戻そうとする行動をとるというものです。

 

たとえば、仕事を終えて同僚や仲間と飲んだ後、こってりとしたラーメンを食べて帰るのが好きという人も多いようです。コレステロールを減らすよう医者からいわれている身には、これは健康によくないことは分かっています (認知A)。けれども、飲んだ後のラーメンの味はまた格別です(認知B)。

 

つまり、この2つの認知は相容れない不合理なもので、その不合理な認知の下でラーメンを食べているあなたには、どこかやましい気持ちが生まれている可能性があります。このやましさが、すなわち不快状態です。

 

不協和状態とは、いわば2つの相容れない認知によって心の秤のバランスが崩れている状態であるといえます。秤のバランスが崩れたままだと緊張感や不快感が生じ、これを元に戻そうとする行動が生まれます。バランスを回復するためには、秤の重い方の皿を軽くするか軽い方の皿を重くする必要があります。
フェスティンガーはこれを巧みな実験を用いて検証しました。

 

認知的不協和低減の方法
方法
認知を変える スープを飲み干さなければラーメンそのものは身体に悪いものではない
行動を変える 飲んだ後でラーメンを食べることをやめる
行動を評価し直す 飲むときに脂っこいものは控えているから大丈夫
協和的な新しい情報を加える 同僚の話では、飲んだ後のラーメンは、健康への負担は実は小さいらしい

 

このように、認知のバランスが崩れると不快な緊張状態が生じ、バランスを回復する方向に向けて行動が引きおこされるとする考え方を総称して、認知的均衡理論あるいは単にバランス理論といいます。フェスティンガーの認知的不協和理論はその代表的理論であり、バランス回復のメカニズムを解き明かしたものとして高い評価を得ています。

フィット理論

~フィット理論あれこれ~

人と組織とのフィット(Person-Organization fit: PO fit)の問題は、組織研究者が強く関心をもつテーマの一つです。両者のフィット関係は、これまでさまざまな視点から論じられてきています。

 

  • 仕事を遂行する上で求められる水準と、本人の遂行能力とのフィット(Demands-Abilities fit)
  • 本人の欲求と、仕事がその欲求を満たしてくれる機会とのフィット(Needs-Supplies fit)
  • 人と組織の間で、各々に足りない部分をどれくらい補い合えるかという点からのフィット(complementary fit)
  • 人と組織の間で、価値観や目ざすものがそれぞれどの程度似通っていて、共通点を持っているかという点からのフィット(supplementary fit)

 

このように、対象となるフィットの側面はいろいろありますが、職務満足、離職あるいはその組織に留まる意思、組織コミットメント、健康、仕事への態度など、人と組織のフィットが広い範囲の組織行動に影響を及ぼすことは多くの研究が指摘するところです。人と組織のフィットを探る上では、両者がもつ価値観のフィットを見ていくことが役に立ちます。ここでいう価値観とは、仕事や仕事を取り巻く環境の中で、何が正しいかを識別したり、取捨選択にあたって対象の重要性を評価する際の基準と考えることができます。

 

人は、自らが重視する価値観と組織が重視する価値観とが一致するような状況では快感情を生起させやすく反対に、自らが重視する価値観と組織の重視する価値観とが一致しないような状況では、不快感情や不満足感を覚えやすくなります。つまり、個人の価値観と組織の価値観とのフィットが強まるほど、仕事あるいは仕事環境を通じて個人の価値観が充足される度合いも強まり、仕事への満足感も強まると考えられます。また、自らが重視する価値観と組織の重視する価値観とのフィットが高いほど、人は組織に留まることに快適さを感じ、組織目標を受け入れて組織のために努力しようとします。すなわち組織コミットメントが高まると考えられます。

 

人と組織のフィットを測定する具体的な方法として、オーライリ(C.A.O’Rreilly)らはプロフィール比較法を用いています。これは個人が重視する価値観と組織が重視する価値観を、同じ項目を用いて測定し、得られた双方の値(プロフィール)がどれくらい似通っているかを探るものです。ここでいう組織が重視する価値観とは、いわゆる組織風土や組織文化など、組織の中で強く表れていると従業員が感じている価値観を意味します。実際、オーライリらの研究では、個人が重視する価値観と組織が重視する価値観との間のフィット度が、職務満足と組織コミットメントを予測する有効な要因になることが明らかにされています。オーライリらの結果は日本でもあてはまることが、角山剛ら(2001)の研究で明らかにされています。