~「ろうそく実験」の展開~
心理学者のドゥンカーは、ろうそくを用いた実験によって、人の先行する経験が問題の解決を妨げてしまう「機能的固着(固定観念の強さ)」を明らかにした。
【ろうそく実験】 参加者はローソクと壁を蝋で接着させようとしてみたり試行錯誤するが、なかなか解が得られない。 しかし、画鋲を小箱に入れず外に出して与えた場合には、ほとんどの参加者がすぐに正解に到達する。すなわち、箱の中にローソクを立てて、それを画鋲で固定するのである。
画鋲が箱に入っていると、「箱は画鋲の入れ物」という固定観念が生まれ、箱を利用しようとする |
ドゥンカーの実験は1945年に行われたものですが、その後、別の研究者たちによってこの実験を発展させた大変興味深い研究が行われています。
実験の内容自体は同じものですが、参加者には実験課題が示され、解決までに要する時間を計ることが告げられます。実験参加者は2つのグループに分けられており、一方のグループでは時間の計測ということだけが告げられています。しかしもう一方のグループでは、早く解けた上位25%の参加者は5ドルもらうことができ、1番になった参加者は20ドルもらうことができると告げられます。このあと実験がスタートします。
さて、結果はどちらのグループの方が短時間で解決に至ったでしょう。答は前者のグループ、すなわち時間を計測することだけで報酬は提示されなかったグループの方が、報酬を提示された後者のグループよりも、平均で3分半短い時間で問題を解くことが出来ました。いいかえれば、報酬を提示されたグループの方が解決に要する時間が長くかかってしまったのです。
この発見が意味していることは大変重要です。つまり、報酬が常に高い成果を生むとは限らず、場合によっては効率を低めてしまうことすらあるということです。ドゥンカーの研究をもとにした一連の研究では、解決方法が得やすい簡単な課題設定の場合には報酬の提示が成績を高めましたが、解決方法が簡単には見えてこない複雑な課題設定の場合には、報酬がかえって成績の低下をもたらすことが明らかにされました。
これは、心理学者デシ(E.L. Deci)の研究が明らかにした内発的モチベーションの重要さを示すものとも考えられます。すなわち、外的報酬が常にモチベーションを高めるとは限らず、達成の喜びを刺激するような適度な難しさや面白さ、あるいは課題のもつ意味や重要性がモチベーションを刺激し、達成時の満足感や充足感といった内的報酬につながるのです。
ドゥンカーの実験課題は複雑状況での課題といえます。このような状況下で外的報酬を用意した場合には、報酬に縛られてしまって新しいアイデアや創造性が発揮しにくくなり、機能的固着が起きやすくなるといえそうです。
金銭に代表される外的刺激が不要ということではありません。外的刺激も大切ですが、その効果を発揮させる範囲は、考えられているよりも狭いということです。思考構造の転換を促しパフォーマンスを高めるためには、喜びや充足感といった内的な報酬が効果をもつこと、すなわち内発的モチベーションが重要であるということなのです。